こんにちは。
先日、『世界を変えた100の手紙(下)』という本を読みました。
世界を変えた100の手紙 下 ライト兄弟からタイタニック号の乗客、スノーデンまで [ コリン・ソルター ]
世界史に残る様々な手紙を紹介した本で、ヘレン・ケラーがグラハム・ベルに宛てた感動的な手紙から、エドワード・スノーデンの告発文書にいたるまで、様々な手紙やメール、メッセージがその背景と共に詳しく紹介されています。上巻は読んでいませんが、そちらではレオナルド・ダ・ヴィンチ、モーツァルトなどの手紙が紹介されているようです。
なぜ下巻から先に読んだかと言うと、この本でタイタニック乗客の手紙が紹介されていたからです。そう、そもそもタイトルが「世界を変えた100の手紙 下: ライト兄弟からタイタニック号の乗客、スノーデンまで」なんですよね。
タイタニックに関連した手紙はいくつも現存していますので、この本ではそのうちのどれが紹介されているんだろう……と気になって手に取りました。
この本で紹介されていたのは、アレクサンダー・オスカー・ホルバーソン氏の手紙でした。
参考リンク/TITANICA https://www.encyclopedia-titanica.org/titanic-victim/alexander-oskar-holverson.html
ホルバーソン氏は42歳の優秀かつ有名なセールスマンで、妻との旅行後、アメリカへ帰国するために共にタイタニックに乗船しました。
彼の妻はボートに乗って助かりましたが、彼はこの沈没事故でこの世を去ってしまいます。遺された家族は嘆き悲しみに沈みましたが、彼の遺体だけはなんとか家族のもとに戻ってくることが出来ました。
彼の遺体を陸まで連れてきてくれたのは、マッケイベネット号。タイタニック犠牲者の遺体を収容するために派遣された一番目の船でした。マッケイベネット号は最終的に200体ほどの遺体を収容して陸に戻ってきました。その際遺体には番号を付け、持ち物などをしっかりとメモして紐づけておきました。その記録は今も残っており、私たちもその一人一人のデータを確かめることが出来ます。下記のリンクから詳細に飛べます。
TITANICA/収容された遺体の説明 タイタニック号の犠牲者の身体的特徴と所持品 https://www.encyclopedia-titanica.org/description-of-recovered-titanic-bodies.html#38
ホルバーソン氏は38というナンバーがつけられており、これは船が彼の遺体を比較的早い段階で収容できたことを意味します。しかも彼は遺体が収容された時点で身元が確定できた、数少ない「幸運な」犠牲者の一人でした。というのも遺体が収容されても身元が判明しないまま墓地に埋められた人も多くいたうえ、さらに言えばそもそも遺体が全く見つからず行方不明のままになった犠牲者のほうが圧倒的に多かったからです。
ホルバーソン氏の身元がすぐに判明したのは、遺体が身に着けていた持ち物の中に銀行の証書があったからでしょう。楽団リーダーのウォレス・ハートリー氏も、名前こそ「ホットリー」と間違えられていましたが、「バンドマスター宛ての電報」などを持っていたため、遺体が誰なのかは早い段階で特定されていたようです。逆に言うと、未だに身元が分からない犠牲者の多くは、こうした名前入りのアイテムや書類を持っていなかったのです。
ホルバーソン氏の場合は、銀行の証書の他、明らかに富裕層であることがわかるゴールドのタイピン、カフスボタン、手紙の挟まった手帳なども持っていました。そう、この手紙こそが、この本で紹介されている手紙なのです。
ホルバーソン氏の手紙は、彼の母に宛てたものでした。近況や航海の楽しさが綴られたもので、大富豪のアスター氏も一緒に船に乗っているよ、といったことが書かれていました(なお、アスター氏もこの事故で亡くなりました)。
手紙の全文はこちらで読めます(英語です)。→ https://diaryfile.com/titanic-victim-letter/#google_vignette
手紙も遺体も無事遺族のもとへたどりつき、彼はNYで手厚く埋葬されました。母親は息子の死がよほどこたえたのでしょうか、この事故から1年も経たずして亡くなっています。
そしてここからがほぼ本題なのですが――この記事でこの「遺体の持ち物」や「遺体の状況」をわざわざ紹介したのは、『世界を変えた100の手紙(下)』の中で、彼の手紙について以下のように書かれているからです。
タイタニックとともに海底に沈んでいた彼の遺体から発見された札入れの中にあった手紙は2017年にオークションにかけられ、16万6000ドルで落札された。
著者:コリン・ソルター
翻訳: 伊藤 はるみ
書籍タイトル:世界を変えた100の手紙 下: ライト兄弟からタイタニック号の乗客、スノーデンまで
ページ:25
出版社:原書房
発行:2013年
ものっすごく細かいことですが、違和感にお気づきでしょうか……。
そう、彼の遺体は海底に沈んでいたわけではありません。むしろ海面に浮いていたんです。船が沈んですぐの段階で、彼の遺体は収容されていますから、この一文は明確に誤りです。
遺体から発見された海水に浸された形跡のある手紙が、2017年にオークションにかけられた……という情報だけ聞けば、タイタニックを熱心に追っているわけでもない限り、新たに遺体が発見され、そこから見つかったのか、と勘違いしてもしょうがないかもしれませんね(もしかしたら著者はそう思って書いたわけではないかもしれませんが、少なくとも読者は勘違いする書き方になってしまっています)。
タイタニックが沈没した深海付近では、そもそも誰の遺体も発見されていないんです。
沈没後のタイタニック号を発見したロバート・バラード博士率いる遠征参加者は、「船の中で遺体を見たかどうか」という質問を何度も浴びせられたそうです。そのたびに彼らはNOと答えました。博士は当初、「遺体はなくなっているだろうが、遺骨を発見する可能性はある」と思っていたようですが、実際には彼らは遺骨すら見ることはありませんでした。
さて、タイタニック関係者による手紙は複数遺されています。犠牲者が乗船前に送ったものを含めるならけっこうな数になるのではないでしょうか。私が知っているだけでも、グッゲンハイム氏の運転手ルネ・ペルノ氏、楽団メンバーのジョック・ヒューム氏は家族や恋人に宛てて乗船直前に手紙を投函していますから。
そういった事情もあり、個人的にはこの手紙が「世界を変えた100の手紙」の中に入るのはそもそも違和感があるのですよね。手紙自体はなんてことない家族あての内容で、これにタイタニック沈没事故の真相に迫るような、定説を覆すような新たな発見が記されていたわけではないからです。
この手紙が「世界を変えた」というのだとしたら、それはやはりこの手紙がオークションで落札されたときの「値段」がキーポイントなんでしょうかねえ。世界的に特別有名ではない人の手紙でも、大きな事故や事件に関わっていた場合、価値が跳ね上がる可能性が大いに示された事象なわけですから、オークション業界や手紙業界(?)的には大きなことだったのかもしれません。
値が高くついた理由としては、タイタニックに備え付けの便箋で書かれていること、来歴がはっきりしていること、有名乗客のアスター氏の様子に言及していることなどがあるとは思いますが、それにしたってすごい額ですよね。
タイタニックにまつわる遺物はたびたびオークションにかけられていますが、こうした手紙のいくつかは遺族が大事に保管していて、今でも未発表のものがある可能性もあります。それらも見つかり次第、順々にオークションにかけられたりして、値段がはねあがっていくのかもしれませんね……。
長々書いてきましたがこの本の記述は特に悪意もない単純な誤りでしょう。ですからそこまでとやかく言う必要もないかもですが、まあ明確な誤りですし、知らない方からすると「まだ遺体って残ってるの⁉」とビックリしそうな記述ではあったので、こうして記事として言及しておきました。
もっと昔に発行された本はもっとヤバい誤りが沢山あったりするので、この本が特別ヤバイとかそんなんではけしてないですよ、ということも念のため補足しておきますね。写真も豊富に掲載されていて、興味深く読めた本でした。
……もっとヤバいタイタニック本に関しては、また後日記事にできればしたいですねー……。開始2P目から盛大に間違えてる本とか、本当に存在してるのでね……(涙)。
2024/12/9:一部誤字や言い回しなど修正しました。


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