タイタニックで愛犬と共に沈んだ女性の感動物語! ……それってホント?

タイタニック

こんにちは。

先日、「タイタニックの犬ラブ 氷の海に沈んだ夫人と愛犬の物語」という児童書を読みました。


【中古】 タイタニックの犬ラブ 氷の海に沈んだ夫人と愛犬の物語 / 関 朝之, 日高 康志 / ハート出版 [単行本]【宅配便出荷】

内容はタイトル/副タイトル通り。

タイタニックに乗船した一等客である女性は、タイタニック号沈没時、連れていた大型犬と一緒に救命ボートに乗ることを拒否されてしまいます。彼女一人だけならボートに乗ることが出来たのですが、彼女は愛犬を捨て置いてひとり逃げることが出来ず、愛犬に寄り添ったまま船と運命を共にすることを選びました……そんな悲しいお話です。

タイタニック事故において、「アン・アイシャムという女性が愛犬と共に沈んだ」という話は結構有名です。日本のバラエティ番組、『ワールド極限ミステリー』でも取り上げられたこともありました。亡き恋人が託してくれた犬を置いていくことが出来ず、最期まで一緒に……みたいな話だったと思います(すみません、録画機能のないテレビを見てるもので記憶によります)。

あのテレビ番組は、もしかしたらこの児童書を下敷きに作られたものかもしれません。

この児童書のあとがきには、こう書いてあります。

ぼくが「愛犬のために沈没船に残った夫人」というタイトルで書かれたタイタニック号にまつわる記事を発見したのは、仕事でお世話になっている出版社の地下資料室でした。

作:関 朝之
タイトル:タイタニックの犬ラブ 氷の海に沈んだ夫人と愛犬の物語
ページ:133
発行:2001年

作者である関氏は、その記事からイマジネーションを膨らませてこの物語を書いたのだそうです。

しかしちょっと待ってほしい。

その記事、多分実話じゃないです……。

詳しくは以下のページをグーグル翻訳とかして読んでもらえたら……。

リジーに何が起こったのか? タイタニック号の犠牲者アン・エリザ・アイシャムの謎を探る

上記のリンク先は世界中のタイタニックの研究家たちが集うサイト、『Titanica』の記事です。個人的には出典がろくに明記されてない本などよりは、ずっと信頼できると思っているサイトです。

つまるところ、アン・アイシャム氏と愛犬にまつわるお話は、おそらくは捏造/根拠のないただの噂に過ぎないと言うこと。

彼女が犬を連れていたと言う証拠がちっとも見つからないどころか、沈没時、彼女がどこで何をしていたかもかなり不明瞭。上記の記事では、もしかしたら彼女は船室に留まり、逃げ遅れてしまったのではないかとも推察されています。沈没するもっと以前の穏やかな船上での彼女の様子も、それほど多くの人に記憶されてはいないようです。

なぜ彼女にまつわるこうしたうわさが広まったかというと、おそらくは「犬を抱きかかえたまま亡くなっている女性の遺体」の目撃者がいたから。タイタニック沈没から間もないころ、まだ犠牲者たちの遺体の多くは海上に漂っていました。沈没海域付近を航行していた他の船の上からは、そうした事故犠牲者の遺体がよく見えたと言うことです。その中に、フルドレス(正装)の女性がいて、その女性が大きな犬を抱きかかえていたようなのです(ソースとなるページが今落ちちゃってるので、復旧次第リンク繋げます)。

なぜこの女性がアイシャム氏だと言われているのかというと、ドレスを着るような一等の女性の犠牲者がたったの5人(うち1人は子供)と少なかったからでしょう。そして他の成人女性の犠牲者3人は同行者がいて、最後に近い様子がはっきりとわかっていたり、子連れだったりしたため、犬にしがみついている可能性は少ないはず。そのため消去法で、この中でも情報の薄いアイシャム氏と関連づけられたのだと思います。

でもこれ、そもそもこの目撃情報自体「何とでもいえる」ものですし……。見間違いとかもありそうなので、それほど信用できないと思うんですよね。飼い犬でなくても、冷たい海面を犬が泳いでいたら暖を取るために近づく人もいたかもしれませんし。

また、上記の記事によると8号ボート付近でグレート・デンと思われる大型犬を置いていけなかった若い女性がいた、という目撃情報もあるようですが、こちらもアイシャム氏が「若い女性」ではない(彼女は50歳)ので、彼女に関連付けるのはちょっと厳しいということです。

『タイタニックの犬ラブ』の作者である関氏が読んだのは、こうした断片的な情報をまとめた記事だったのではと予想します。

個人的には『タイタニックの犬ラブ』は、完全なフィクションだということをもう少しわかりやすくすべきだと思います。史実を基に膨らませた童話である……といったことは同書に一応書いてあるのですが、注意深く読んでも、まさか夫人の名前からしてフィクションだとはわからないのではないでしょうか。一等乗客で犠牲者となった女性の中には、この童話の主人公である「ニコラシカ」という名前の女性はいません。彼女のバックグラウンドももちろんアン・アイシャム氏のものとは全く異なります。あとがきにはこういう文章もあります。

けれども、この夫人がグレート・デンを、ハーパー夫妻が狆という犬をつれてタイタニック号に乗り込んだことは事実です。そして、夫人が犬と沈んでしまったことも、事実なのです。

作:関 朝之
タイトル:タイタニックの犬ラブ 氷の海に沈んだ夫人と愛犬の物語
ページ:135
発行:2001年

事実と認定するにはちょっと情報が薄いんだよなあ……。

タイタニック事故をベースとしてフィクションを作るのはけして悪いことではありませんが、やはり扱い方には注意が必要だと思います。この童話の場合だったら、「……という感動的な話を読んだので、そこから膨らませてフィクションの物語を描きました」として、この出来事自体が事実かどうかには触れなければ良かったのになあと思うのです。

私個人的にはもうちょっと精査してから本を書いてほしかったところですが(スミス船長が氷山接触時にブリッジにいるのも気になる……)、発行年を見るにインターネット黎明期ということもあり、資料を集めるのはなかなか難しかったでしょう。多分作者の関氏も、まさか元となった記事がここまで根拠が薄いものだとは思わなかったのでしょうしね。

そもそもこの話が広まった背景には、やはり当時~現代にもいる愛犬家の「憐れみの気持ち」があったと思います。実際タイタニックには何匹もの犬、そして猫も乗っていたのですが、その多くが助かっていません。そんな悲しい最期を迎えた彼らのそばに、せめて心から彼らを愛した飼い主が寄り添ってあげられていたら……。そういう祈りのような思いがあってこそ生まれた噂話なのかなと思います。だからあんまり無碍にもしたくはないんですけど、やはりそこには「悲劇消費」の危うさもつきまといます。そもそも上記の通り一等女性が犬と共に亡くなったというのはデマの可能性も高いですし、これ以上は広がらないで欲しいところですね。

タイタニックにまつわるフィクションとノンフィクションのはざまの作品と言う意味でもっとまずいだろ、と思うのは前述した番組『ワールド極限ミステリー』のほう。

こちらも「フィクションです」という前置きがあれば「なるほど、あの話から膨らませたんだな」と思えるのですが、毎回そういった前置きはなかったはず。いや、あったらここから↓の指摘は的外れになるので本当ゴメンなんだけど。

この番組はよく再現ドラマという体でタイタニックを特集するのですが、いつも根拠に乏しいんですよね。楽団員の一人であるジョック・ヒューム氏の再現ドラマも、彼が「最後まで演奏しよう!」ってみんなに呼びかけたことになってたり(リーダーはハートリー氏だし、彼らはいよいよになったら体に楽器を括りつけてちゃんと逃げようとしたよ?)、新婚旅行中だったジョン・チャップマン氏の趣味がスケッチになってたり(これはマジのマジでどこ情報?)。ジョック・ヒューム氏に関しては、日本語で滅茶苦茶詳しい本も出てるんだからそれくらい読めばいいのにと思いました。


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この本に出てないジョック・ヒューム氏の情報は、どんなタイタニックオタクでもそうそう知らないでしょう。ヒューム氏のお孫さんが執筆してるので……。(※2025/2/14追記※Yvonne Hume氏というご親戚も、ジョック・ヒューム氏の本を書いていらっしゃいましたので、彼以上に詳しい人はいない……といった発言は訂正します!)

番組用にある程度の脚色が必要だとしても、限度があると思うんですよね。たとえばこの番組内で、サラ・チャップマン氏が親戚宅でいじめられていた描写があったんですが、このあたりがもしフィクションだったら相当やばい。ジョック・ヒューム氏は上記の通りお孫さんがご存命ですし、まだかなり「近しい」親類の方が結構いらっしゃるんですよ。私たち日本人にとっては遠い国の遠い昔の出来事のようにも思えますが、唯一の日本人乗客であった細野正文氏の孫、細野晴臣氏だってお元気です。雑かつ不名誉な扱い方は、いくら再現ドラマ上のモブとはいえ、いやモブだからこそやっちゃいけないことだと思います。誰も調べないから誤解がそのままになってしまう。

しかもこれらはその後の「最期まで愛を貫く」といった「感動」のために描き加えられた「試練」なのだと思いますが、捏造してまでそういう流れに持っていくのはグロテスクだということも、作り手には自覚していて欲しいです。チャップマン夫妻は番組内で一緒に死ぬことを選んだかのように描かれていましたが、彼らは遺体が見つかった状況からしても、おそらくどんな状況でも一緒にいることを願っていただけで、助かろうとしていたはずです。

ワールド極限ミステリーのタイタニック特集はなんだかんだで楽しんで見てますが、もうちょい史実にそった描写をするか、フィクション表記をしっかりとして欲しいなと願うところです。もういっそフィクションと銘打って、好きに作ったらいいんじゃないかなとは思いますけどね……。今まであまり有名ではなかった乗客/乗員たちに視点を合わせて特集するのは「犠牲者の記憶を忘れない」という意味でもいいことだとは思うのです。ただ、「有名ではない人なんだから好き勝手使っていい」という風にはなってほしくないなと思います。

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