タイタニック漫画「愛し友よ、最後の夜を」解説-2

G&G

2023年7月に発表したグッゲンハイム氏&ジリオ氏の漫画の解説です。

細かいところを解説していくシリーズ記事ですので、先に漫画の方をお読みになって下さいね。

分量が多いので、数ページごとに分けております。

この記事では全22Pの漫画の内、6~10P目の解説をいたします。

6P目

エッフェル塔の事業に熱心だったグッゲンハイム氏

エッフェル塔が後ろにあるのは、グッゲンハイム氏が当時エッフェル塔にエレベーターを取り付ける事業に熱心になっていたことから。彼らが出会った場所も、フランスである可能性が結構あります。

「僕の力が必要だと言ってくださった」は創作セリフです。が、ジリオ氏は会社とか関係なくグッゲンハイム氏に個人的に雇われている、あくまで彼の私生活を支える形での秘書なので(会社の秘書は別にいます)、これくらいのことは言われてたんじゃないかと思います。

ジリオ氏の言う「辛い経験」とは?

ここはグッゲンハイム氏の娘である、ペギー・グッゲンハイム氏の自伝「Confessions of an Art Addict(邦題:20世紀の芸術と生きる)」に基づいています。「辛い経験」などこの一連の話は実際はエッチェス氏に語ったものではなく、ペギー・グッゲンハイム氏の前でジリオ氏、もしくはベン・グッゲンハイム氏が語ったもの。具体的に彼がどんな経験をしたのかを知ることはできませんが、ともかくペギー・グッゲンハイム氏によると、彼はグッゲンハイム氏に雇われたことで「これで自分の不幸(苦労)は終わった」、と幸せそうにしていたということです。


辛い経験の内容は……彼が雇われる数年前、兄たちがビジネスにおいて裁判沙汰に巻き込まれていたようなので(この件に関しては手書きの書類が入り乱れていてとても難しい案件なので事実はまだ確認中……)、もしかしたら彼もそういう家族のごたごたに巻き込まれていたのかもしれませんし、またはもっと別のことかもしれません。ジリオ氏はグッゲンハイム氏に雇われる直前に渡米しているので、そこでいやな目にあったことも考えられます。いずれにせよ彼の身にどういうことが起こったのかは、現状では想像するしかありません。
当時アメリカで有色人種として生きることに困難が多かったであろうことは想像に難くないので、彼にとってグッゲンハイム氏に雇われたことはとても心強かっただろうと思います。グッゲンハイム氏もユダヤ系と言うことで、特に若いころはそれなりに苦労はしていたと思いますが、圧倒的な経済力があるので他ユダヤ系の方々よりはだいぶ暮らしやすかったはずです。

7P目

氷山衝突

タイタニックは午後11:40に氷山とぶつかりました。このときグッゲンハイム氏とジリオ氏は就寝中だったのか、ともかく彼らは自分の部屋で休んでいたようです。

8P目

「私は担当デッキへ降りる」

ここからはNYタイムズに加え、4/27に米国で行われた事故調査におけるエッチェス氏の証言を元に構成しています。
このとき彼が会ったスチュワードは、「乗客に服を着てもらえない」、おそらくは救命胴衣や防寒具を着てもらえないことをエッチェス氏に訴えています。このスチュワードは誰だったのかわからなかったため、お顔は想像で描いています。「とにかく甲板に出てもらうんだ」は状況をわかりやすくするための創作セリフです。

背中の痛みを訴えるグッゲンハイム氏

これは実際にエッチェス氏がグッゲンハイム氏に救命胴衣を着せたときに言っていた言葉です。1958年発表のタイタニック映画『A Night to Remember』ではこのシーンも再現されています。(そしてこのシーンでジリオ氏と思われる人物について「valet」と呼んでしまったために長年に渡る誤解が生まれてしまうという……)エッチェス氏が「後で戻ってくる」と言って他の部屋に行ってしまったのも事実です。

9P目

エッチェス氏についてきたG&G

エッチェス氏はグッゲンハイム氏に救命胴衣を着せたようですが、その後他の客を起こすため移動しました。彼らはそこにしばらくついてきたようです。グッゲンハイム氏はどうやらエッチェス氏に船の様子など聞いてはいなかったようで、このときは本当に何が起こっていたかわかっていなかったのだと思います。
対してエッチェス氏も、この時点で彼らに説明できるほど事態を把握していたかは微妙なところです。
エッチェス氏は船長が走っていく姿を目撃したり、アンドリュースさんから乗客へ救命胴衣をつける手伝いをしてくれと言われたことなどから、緊急事態だと思っていたのは間違いありませんが、「沈む」とははっきり知らなかった可能性もあります。

時系列を改めて整理すると……?

実際のエッチェスは甲板に出る前にCデッキへ降り、別の乗客へ救命胴衣をつけてあげていますが、漫画的にわかりやすくするためその部分は省き、甲板へ、としました。

上記の演出的部分はともかく、ここからの流れはNYタイムズの報道と若干違いますが、時系列的にはおそらくこの漫画が正しいです。
沈没時のG&Gについて詳しく証言したのは私が知る限り3人。エッチェス氏の他、愛人のメイドであるエマ・ゼーゲッサー氏、それからこのコマにいるピエール・マレシャル氏です。マレシャル氏は正直嘘か本当かわからない証言も多くあるので全てを信じるのは微妙なところではあるのですが、彼は新聞や雑誌で沈没時のことを数回語っており、その中で必ずと言っていいほどグッゲンハイム氏と出会って会話したことを伝えています。そしてこの3人の証言をまとめると、G&Gが部屋を出たタイミングや何をしに部屋に戻ったかなどかがうっすらと浮かび上がってくるのです。
そしてエッチェスはNYタイムズで伝えられていたように、「甲板で2度彼らを見た」わけではなく、以下のようなシチュエーションだったと思われます。

  1. 愛人オウバルト氏とメイドのゼーゲッサー氏がG&Gの部屋を訪れ、彼らに船が氷山にぶつかったことを伝える。G&Gはこの時点では楽観的だったようで、彼女らにも後から行くと伝えた。オウバルト氏&ゼーゲッサー氏は先に甲板へ上がる。
  2. エッチェスが2人に救命胴衣やセーターを着せ、部屋を後にする。G&Gもほぼ同時に部屋を出る。
  3. G&G、甲板に出る前(おそらくは階段を上がってすぐあたり)にマレシャルから沈没の報せを聞き、自室に戻って夜会服に着替える(この間、オウバルト氏とゼーゲッサー氏は何も聞かされず待たされっぱなし)。
  4. エッチェス、G&Gと甲板で再会

というわけで、このコマは実際にはあり得ない状況だったのですが、漫画的演出でこのようにいたしました(②と③の場面をくっつけています)。

正直ここの時系列のあれこれについては、一本どころか数本記事書けるくらい入り組んでいるし、書きたいことが多くがあるので、詳しくはまたの機会に……。

「紳士らしく」はジリオ氏から言い出した可能性も……

4/20のThe sunという新聞でのマレシャル氏の証言に基づいています。
新聞は『グッゲンハイム氏が秘書に、着替えにあまり時間をかけない方がいいと言うと、秘書は冗談めかして、”もし僕が沈むなら、きれいな格好をしていたい “と言った』と伝えています。
ここから察するに、紳士らしい恰好に着替えようと言い出したのはジリオ氏の可能性もあります。
そしてこれはエッチェス氏の語るG&Gの英雄譚が掲載されたNYタイムズの記事と同日に発行されている新聞記事で、後追いの記事ではないこともかなり重要です。後追いの記事は先の報道に脚色を加えたものが掲載されることも多いのですが、この記事はこれだけ読んでも状況がわかりづらいほど簡素な情報であるため、本当に事故直後のマレシャル氏から聞き取った=真実に近い証言だと私は踏んでいます。

10P目

マードック航海士と5号、7号ボート

マードック航海士です。「マードックからの最後の手紙」という、彼をモチーフにした吹奏楽曲もたいへん有名かつ人気なので、名前だけをご存じの方もいらっしゃるはず。映画タイタニックではピストル自殺してしまった人、と書くとわかりやすいでしょうか。有名な話ですが、あれは映画的演出のためああいう役どころになっているだけで事実ではありません。
彼は男性を含めた多くの乗客を助けています。唯一の日本人乗客である細野氏も、中国人客も彼の指揮するボートで逃げているという説もあります(追記:細野氏は左舷側の10号ボートで脱出した可能性も高いようです……ここもう少し精査してみます)。彼は特に差別することなく彼らを乗船させたのでしょう(まあ、実際のデッキはかなり暗かったので、誰が誰かを判別できなかったというのはあるかもしれませんが……そんなことは本当に気にしていなかったんじゃないかなあ)。彼は今なお故郷で愛されている英雄です。
タイタニックは救助活動の際、右舷と左舷で対応が違いました。右舷を担当したのがマードック航海士、左舷を担当したのがライトラー航海士です。ライトラー航海士は船長の指示に従い、男性をボートに乗せようとしませんでした。


この漫画に描かれているのはマードック航海士が指揮する右舷側なので、登場する男性は助かっている方が多いです。この一連のシーンでマードック航海士が指揮しているのは7号、5号ボートです。そのためこのシーンの周囲にいるのはそれらのボートに乗った人々です。
この時点ではタイタニックが沈むとハッキリ認識している乗客はほとんどいなかったようです。まだ船はそこまで傾いてはおらず、大きく頑丈なタイタニックに比べると、逆に救命ボートは小さく頼りなく見える……。そのため、乗員たちは乗客を救命ボートに乗せるのに苦労したようです。また、「ボートの数が足りない」ことも、乗客はほとんど知らされていなかったはずです。氷山衝突時の揺れはそれほど大きくなかったため、船が氷山にぶつかったことすらも、この時点では知らない乗客も多くいたのです。

Henry Blank(ヘンリー・ブランク)氏

アメリカ人の宝石商。彼は7号ボートで脱出しました。彼は乗組員の指示に従って避難しただけで、誰かを押しのけたり女性と子供に先駆けてボートの席を確保したわけではけしてありませんでした。しかし後年「ブランクは女装してボートに乗った」という事実無根の噂が流れてしまいます。長年タイタニック事故に関し多くを語ろうとしなかった彼は、そうした侮辱的な噂にも反撃することはしなかったようです。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Henry Blank

Alfred Nourney(アルフレッド・ノーニー)氏

ドイツ人の若い紳士。彼は一人旅を満喫中でした。ヘンリー・ブランク氏とはタイタニックの船上で知り合い、航海中は一緒にカードゲームなどを楽しんでいたようです。彼とブランクは、同じ7号ボートに乗船しました。
彼は沈没事故を目撃したことで大きなショックを受け、混乱したのかもしれません。カルパチア号に救助されるまでの間、ボートの中で「(他の船に見つけてもらうよう、)遭難信号を出そう」と自身の拳銃を何度も発砲し、他の乗客を怖がらせてしまっています。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Alfred Nourney

Charles Stengel(チャールズ・ステンゲル)氏とAnnie Stengel(アニー・ステンゲル)氏

ステンゲル夫妻は氷山衝突直後、何が起こったか把握するため船室を出た際、深刻な表情を下スミス船長を目撃しました。「ただごとではない」と判断したステンゲル夫妻は、いち早く甲板に出てきて難を逃れることができたようです。
夫のチャールズ・ステンゲルは妻の乗船した5号ボートが満員になってしまったため、自身は一度船に留まります。その後マードック航海士に乗船の許可を出され、1号ボートに飛び乗ることができました。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Charles Stengel

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Annie Stengel

Henry Frauenthal(ヘンリー・フラウエンタール)氏

ユダヤ系のアメリカ人医師。彼は整形外科医としてバリバリ働き、ポリオの治療などに熱心に取り組んでいました。彼は専門にこだわらず、信仰、人種、貧富の差も関係なく患者を受け入れ、地元では信頼の篤い医師だったようです。
長年仕事に打ち込んできた彼は、当時結婚式を挙げたばかり。6歳年下の妻と、付添人の弟も一緒に旅行中でした。彼は妻と弟と一緒の5号ボートに乗り込むことが出来ました。
しかし彼は助かったことによりいわれない誹謗中傷に悩まされたようです。もしかしたら彼が「ユダヤ系」であったことが、その中傷に拍車をかけたのかもしれません。また晩年は病気にも悩まされ、事故から15年後の1927年、彼はついに病院の建物から飛び降りて自死してしまいました。葬儀には多くの「元患者」が訪れたそうです。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Henry Frauenthal

Frank Warren(フランク・ウォーレン)氏とAnna Warren(アンナ・ウォーレン)氏

アンナ・ウォーレン氏は父親とはぐれていた若い女性、ヘレン・オストビー氏と共にボートに乗り込みました。彼女は夫もボートに乗るものだと思い込んでいましたが、実際には夫はボートに乗っていませんでした。暗闇の中で彼女が見た最後の夫は、他の女性がボートに乗り込む手助けをしているところでした。それ以降、夫婦は二度と会うことはありませんでした。フランク・ウォーレン氏は沈没事故で亡くなりました。彼の遺体も、他の多くの乗客と同様に見つからなかったのです……。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Frank Warren

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Anna Warren

Samuel Goldenberg(サミュエル・ゴールデンバーグ)氏とNella Goldenberg(ネラ・ゴールデンバーグ)氏

ゴールデンバーグ夫妻は、パジャマにコート、スリッパという格好で甲板に出ました。最初は妻だけがボートに乗り、夫はボートを拒否したのですが、社長であるイズメイと乗組員が、サミュエル・ゴールデンバーグ氏を押し込むように乗船させたということです。
このエピソードからもわかるように、イズメイ社長は彼なりに人命救助に必死だったようです。他にも「私は乗員だから」とボートに乗るのを遠慮するスチュワーデスに、「気にすることは無い、あなたは女性なのだから乗りなさい」と促して乗せていたりもしています。まあ、別の場所では「邪魔だから引っ込んでろ(意訳)」とロウ航海士に激怒されてもいるのですが……(ロウ航海士は彼が社長だと気づかなかったらしい)。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Samuel Goldenberg

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Nella Goldenberg

Hedwig Frölicher(ヘドウィジ・フロリシャ)氏

スイス人乗客。彼女は両親と一緒に乗船していました。氷山衝突時に揺れに気づき、非常事態を感じた彼女の父親はひどく動揺していたようですが、その危機感が良かったのかもしれません。彼らは早々に甲板に上がり、家族全員が5号ボートでタイタニックを脱出できています。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Hedwig Frölicher

6~10Pの解説は以上です。続きの解説はこちらの記事へどうぞ。

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