タイタニック漫画「愛し友よ、最後の夜を」解説-5(終)

G&G

2023年7月に発表したグッゲンハイム氏&ジリオ氏の漫画の解説です。

細かいところを解説していくシリーズ記事ですので、先に漫画の方をお読みになって下さいね。

分量が多いので、数ページごとに分けております。

この記事では全22Pの漫画の内、21~22P目の解説をいたします。

21P目

René Pernot(ルネ・ペルノ)氏

ペルノ氏はグッゲンハイム氏の運転手でした。この時代の運転手と言うのはメカニックでもありました。彼のものかまだ詳しいことはわかっていませんが、同名の人物が車にまつわるなにがしかを発明したという記事も見つけています。ペルノ氏が地元では名の知れた運転手だった、という情報もありますので、もしかしたら彼は開発者(?)寄りの人だったのかもしれません。彼はグッゲンハイム氏について、何度か大西洋横断の旅に同行しています。海外にも連れていきたいほど信頼されていたんでしょうね。
とはいえ彼はグッゲンハイムご一行の中ではただ1人、二等客として乗船しました。酷い! と思う方もいるかもしれませんが、彼は「運転手」なので、実際船上でグッゲンハイム氏のそばにいたところで特に何もすることはないんですね(笑)。衣服の管理など従者的役割はジリオ氏が果たしていたのでしょうし。それに2等で旅行すれば、上司不在のうえでの1週間豪華客船の旅というわけです。雇用主に付きっ切りのジリオ氏と比べるとある意味気楽だったとも取れます。一等は他の客との交流も面倒と言えば面倒ですからそれも避けたかったのでしょうし、雇用主から何の用事も言いつけられない旅は、ペルノ氏にとっても良いリフレッシュ期間になったことでしょう。しかし船上での彼がどのように過ごしていたかは同じテーブル席に着いた方のお話が残っているくらいで、沈没時の彼がどうしていたかも全くわかっていません。
漫画にもあるように、彼もこの事故で亡くなってしまいました。グッゲンハイム氏の経営していた会社、インターナショナルスチームポンプの社員も、社長だけでなくペルノ氏、ジリオ氏の遺体を見つけるために尽力しましたが、結局この3人は全員が行方不明のままでした。
彼の妻はフランスで夫が事故に遭ったことを知ります。彼女は、夫がタイタニックに乗船する直前、シェルブールの港から投函した「楽しい予定が書かれた手紙」を受け取ったばかりでした。
なお、この事故後、グッゲンハイム夫人はペルノ夫人に対し金銭的な援助を惜しまなかったそうです。このあたりもいずれ別途記事を書きたいです。

Eva Hart(エヴァ・ハート)氏

両親と共に2等客として乗船した、当時7歳の少女。母親のEsther Bloomfield(エスター・ブルームフィールド)氏と共に14号ボートに乗りました。しかし彼女の父、Benjamin Hart(ベンジャミン・ハート)氏は船上に残りました。ボートに妻と娘を乗せると、彼は彼女に「ママの手を握って、いい子にしているんだよ」と言いました。それが家族の最期の別れでした。

映画タイタニック(97)にも、この悲しいエピソードがモデルになったシーンが描かれています。ローズがジャックとキャルに見守られながら、一度は救命ボートに乗って脱出しようとするところですね。「パパもボートに乗って」と泣きながら訴える娘に、父親が気丈に「離れるのは少しの間だけだよ」と優しく返すやり取りを覚えている方も多いのではないでしょうか。あのシーンはだんだん遠ざかっていくジャックに注目がいくような作りになっているのですが、この家族に注目してみると、思いのほか父親のカットが長く映ることがわかると思います。私はこういったところにも、キャメロン監督の犠牲者に対する敬意が表れていると感じてしまいます。

参考リンク:エンサイクロペディアTitanica/Eva Hart

Harold Lowe(ハロルド・ロウ)五等航海士

「口が悪いけれど熱い男」として知られる航海士です。彼は人命救助のために咄嗟に体が動いてしまうタイプです。若いころから船乗りとして海上で働いてた彼には、タイタニック乗船以前にもこんなエピソードが残されています。――彼は船上で仕事中に体調不良になり「病人リスト」にまで入ってしまいます。しかしそれにも関わらず、事故により船から落ちてしまった中国人クルーを助けるためにためらわず海に飛び込びました。

タイタニックでも彼は多くの人を助けたかったのでしょう、彼が指揮するボートだけが唯一沈没現場に戻りました。映画タイタニック(97)でも、彼は海に投げ出されたローズを救うと言う大きな役割を演じています。カットされてしまいましたが、彼が中国人乗客を助けるという史実に基づくシーンも撮影されています。


G&Gの同行者であるゼーゲッサー氏、オウバルト氏が乗ったのは9号ボートと伝えられています。このあたりからパニックが広がり始め、定員いっぱいのボートに客が飛び込もうとし、ロウ航海士は威嚇のため発砲しています。彼の乗ったボートは14号ボートなので9号ボートより先に降ろされているので時系列的にはちょっとズレがあるのですが、パニック発生以降はライトラー航海士も発砲しているし、この銃声は必ずしもロウ航海士のものではない、ということでお納めください……。

21~22P目

2人が最期を迎えるまで

お察しのとおり、ここからの2人のセリフは創作です。オウバルト氏は5/13発行のDaily Mirrorでおそらく2人を指し、「彼らはみな完璧な紳士で、煙草と葉巻をふかしながら、女性と子供たちがボートに乗せられるのを冷静に見ていた」と述べているので、時間は前後しますがこのような描写にしました。
その後のグッゲンハイム氏については「波にのまれた」、といった報道をしている新聞もありますが、いつ誰が見たのかというところが不明瞭で、おそらくは適当に書かれた記事だと思われます。ジリオ氏については彼について言及している新聞がそもそもそれほど多くはなく、最期に関してはより謎に包まれています。

船がいよいよ沈んだ時、グッゲンハイム氏はジリオ氏と別れたのでしょうか。グッゲンハイム氏はジリオ氏に「私を置いていいから逃げなさい」と言ってくれたのでしょうか。そんな許しを得なくても、ジリオ氏はグッゲンハイム氏の元から去ったでしょうか。それともどちらも離れることが出来ず、結局最後まで一緒だったのでしょうか……。2人の最期は何もわかりません。

終わりに

G&Gのことを調べ始めたとき、「なぜ2人が一緒に死ぬことを選んだのか」という謎も解き明かしたいと思っていました。しかし結局詳しいことは何もわからないままでした。彼らは女子供に席を譲り勇敢に死を選んだのか、常々希死念慮があったのか、自分は助かると言う確信があったのか、それとも蒸気船の安全神話を信じていたのか……。推測するどれもにある程度の理由はあれど、どれも推測の域を出ません。

ところであのような海の中で、人間はどれくらいの長さ意識が保てると思いますか? 私はなんとなく30~40分くらいかな……と思っていたのですがこれはとんでもない間違いで、あの極寒の海では人は15分以内に気を失い、そこから更に10分後には死亡してしまうのだそうです。しかも、泳げば泳ぐだけ体力は奪われ、死の時間が早まってしまう……。ですからジリオ氏がグッゲンハイム氏を置いて泳いでボートへたどり着こうとしたとしたら、彼はグッゲンハイム氏より先に亡くなってしまったかもしれません。
また、グッゲンハイム氏に関して言えば、彼が泳ぐことができたと言う話は聞いたことがありませんから、彼は凍死ではなく溺死した可能性もあります。

……しかし結局、最期についても推測するしかありません。私はそのような詳細不明の死を描くことは出来ないと思ったので、このような「ギリギリ記録に残っている2人」に近い描写をして、漫画を終わらせました。
また、私がこのようにある意味「きれいすぎる」終わり方を選べたのは、彼らが死に直面した時の恐怖の様子は、すでに「タイタニック(97)」できちんと描写されているからです。しかしこの漫画を読む方はすでに映画を観ている方ばかりだろうと思っていましたが、反応を見ると映画を観る前にこの漫画を読んでくださった方もいらっしゃるみたいですね。もしよろしければ、映画もご覧になってくださいね。この漫画とは違う、彼らが直面したかもしれない恐ろしい最期が描かれています。

彼らを知ってほしいという欲求のままに描いた漫画でしたが、ツイッターでも多くの方に読んでいただけて、とても嬉しかったです。漫画を読んでくださり、そしてこの解説文まで読んでくださり、本当にありがとうございました。心から感謝いたします。


タイタニック<2枚組> 【Blu-ray】 [ レオナルド・ディカプリオ ]

コメント

タイトルとURLをコピーしました